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「1998年以降の膜タンパク質、特に膜輸送体の立体構造解析とその進展」第一回  

以下の文章はもともと私、服部のtwitter上での連続ツイート用に書かれたものです。しかし、一通り書きあげた時点で長さがtwitter向きではないものになってしまったため、くにおさんのご厚意によりその全文をbiokids.orgに掲載させていただくことになりました。本稿の主な対象は、膜タンパク質にあまりなじみがない構造生物学研究者の方、もしくは膜タンパク質、特に輸送体研究者の方です。もしくは、当該分野に興味をもたれている生物系研究者の方です。そのため、極度に基本的なこと(たとえば「アミノ酸とは何か?」「αへリックスとは何か?」)については逐一説明しませんが、その点ご容赦ください。すでにtwitter上に投稿した分については、http://togetter.com/li/152157にまとめられています。

本稿は「1998年以降の膜タンパク質、特に輸送体のX線結晶構造解析とその進展」の第一回ですが、次回からの具体的な構造解析やその歴史的な経緯の話の前に、今回はそのための基礎的な前提知識を説明します。基礎的な内容なので、当該分野を専門とされている方は読み飛ばしても問題ない内容と思います。

さて、そもそも「膜タンパク質」「生体膜」とは、というところから説明をはじめますが、説明するにあたって画像があると便利なので、そのためにアクセスできるweb siteとして適宜Wikipedia等を参照します。また、今回のお話はあくまでこの分野の「原則」をかなり詳細を省いた形で説明しているので、下記の説明に対する例外および触れていない事柄多数もあるということをご了承ください。さらに詳しく勉強されたい方には下記リンクの書籍がおすすめです。

また、「構造解析」について話す場合、「X線結晶構造解析」についての説明が主です 。そのため、NMRや電顕等、他手法の専門家の方からみて、私の当該分野への記述に不足、不備がある場合、その旨、この記事のコメント欄もしくは私のtwitterアカウント( http://twitter.com/HattoriM )へ指摘していてただけると非常に助かります。そういったこと以外にも何かありましたら気兼ねなくお尋ねください。

1.「生体膜」  

さて、まず最初に、「生体膜」とは一体何なんでしょうか。生体膜は、「脂質二重層」をその主要成分とし、細胞の「内」と「外」を隔てる壁である、というのがその一つの回答です。生体膜を構成する脂質二重層の主要成分は、主に「リン脂質」から出来ているのですが、そのリン脂質は親水性の「頭部」と疎水性の「尾部」から構成されています。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%AB:%E3%83%AA%E3%83%B3%E8%84%82%E8%B3%AA%E3%81%AE%E5%9F%BA%E6%9C%AC%E6%A7%8B%E9%80%A0(%E3%81%B1%E3%81%9F).png

細胞の内外は通常水で満たされているため、リン脂質の親水部は、細胞の内外の水へと向かう一方で、その疎水部同士は水から押し出され、互いに向き合う形になります。その結果、リン脂質は図に示すような平面上の二重層を形成することが可能となります。これが脂質二重層です。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%AB:%E3%83%AA%E3%83%B3%E8%84%82%E8%B3%AA%E4%BA%8C%E9%87%8D%E5%B1%A4%E8%86%9C%E3%81%AE%E5%9F%BA%E6%9C%AC%E6%A7%8B%E9%80%A0(by%E3%83%91%E3%82%BF).png

この脂質二重層の内側は、リン脂質の疎水部によって満たされているため、その疎水性は非常に高くなっています。そのため、生体膜は極性を持ったイオンや多くの分子に対し不透過性を示します。先ほど、生体膜が、生命において「内」と「外」を隔てる壁である、と私が書いたののはこの不透過性のことを主に指しています。ただし、この不透過性は「多くの極性を持った分子に対し」というだけであって、疎水性を持った小分子のみならず、水やグリセロールなど一部極性を持った小さな分子についてもある程度透過性を示します。`

2.「膜タンパク質」  

さて、膜タンパク質とは何か、ということの答えは、「上記のような性質を持った生体膜に表在もしくは貫通することで生体膜中に存在、機能するタンパク質の総称である」ということになります。ちなみに、たとえば大腸菌の細胞膜中において膜タンパク質の占める割合(重量ベース)は70%(脂質が残り30%)と、細胞膜はずいぶんと膜タンパク質によってずいぶんと賑わった環境だといえます。哺乳類の各組織の細胞でも、割合の差こそあれ、重量ベースで30〜80%が膜タンパク質が占めているようです。

また、ここで気をつけていただきたいこととして、「生体膜は「壁」として機能する」といいましたが、それは決して膜タンパク質を固定するコンクリート壁のようなものではなく、それを構成する脂質同士の相互作用はゆるやかなものです。そのため、そのような生体膜上に存在する膜タンパク質や脂質自身も高い流動性を持って、流動、拡散可能な状態にあるということです。そして、それゆえ、膜中に埋め込まれたタンパク質はも膜中で構造変化し、その機能を発揮することが可能な環境にあるわけです。これは、上に存在する膜タンパク質の構造生物学を考える上でも非常に重要なポイントです。

このモデルを流動モザイクモデルといい、Fry-Edidinによる有名な細胞融合実験(下図)をはじめとして現在では実験的に確かめられたものです。

http://course1.winona.edu/sberg/ANIMTNS/frey.htm

さて、膜タンパク質の機能の一例として、物質(イオン、低分子)の細胞の内外への輸送、シグナル伝達などが挙げられ、非常に多岐に渡っています。また、電子伝達系、光化学系などエネルギー産生に関わる重要なタンパク質の数々も膜タンパク質に含まれます。そして多くに共通していえるのが、膜タンパク質はただ膜に埋め込まれているだけはなく、「生体膜の不透過性」を超えて機能しているということです。

また、機能上の分類とは別に、膜タンパク質には、その膜への結合の仕方によって、1.表在型、2.膜貫通型、に大きく分類されます。表在型膜タンパク質は、脂質もしくは膜貫通型タンパク質に対して何らかの形で一時的に結合することで存在しています。 それに対し、膜貫通型タンパク質が、文字通り生体膜を貫通する形で存在しています。膜貫通型タンパク質は、膜貫通領域は疎水性に富んだ領域をその外側に持っており、このことは、可溶性タンパク質が疎水性領域をその内部に持つ(疎水性コアの存在)こととは対照的です。

さらに、膜貫通型の中にもアルファへリックスをその膜貫通位とするタイプとベータシートをその膜貫通位とするタイプに分類され、アルファへリックス型は、すべての種類の細胞膜に存在するのに対し、ベータシート型は、主に原核生物の外膜、細胞壁やミトコンドリアの外膜上に存在します。

私が本稿で 扱うのは、これらの分類の中における「アルファへリックス型」の膜貫通タンパク質です。なぜなら、本稿の主題は輸送体の立体構造解析ですが、輸送体タンパク質と呼ばれるのものの大部分はこのアルファへリックス型に属するからです。タンパク質ファミリーの中で最大スーパーファミリーであるGタンパク質共役型受容体(GPCR)もこれに含まれます。 市販の医薬品の半数以上が、 GPCRを含むこれら膜貫通型のタンパク質を標的としていると考えられており、医療応用の面からもこれら膜タンパク質は重要な存在だといえるでしょう。

3.「膜輸送体」  

それでは、本稿主題である膜輸送体タンパク質とはなんでしょうか。膜輸送体とは「生体膜を超えた物質の輸送を行う膜タンパク質」のことです。真核生物、原核生物ともに、ゲノムのおよそ10%は膜輸送体が占めていることも明らかなように、膜を超えた物質輸送は生命にとって重要な機能であることがわかると思います。そして、その分類としては、その輸送の様式により「受動輸送」「能動輸送」に大分されます。

3.1「受動輸送」

受動輸送とは、その輸送される物質の濃度勾配(高濃度側から低濃度側)に基づく輸送であり、濃度勾配による化学ポテンシャルおよび膜電位による電気ポテンシャルの和(電気化学ポテンシャル)の高い側から低い側への輸送をさします。膜電位とは、細胞内外での各種イオンの濃度差に基づく電位差のことです。基本的に、陽イオンが細胞外に豊富に分布しているため、生体膜は通常、細胞外に対し、細胞内が負に帯電しています。 http://en.wikipedia.org/wiki/File:Membrane_potential_ions_en.svg

そのため、膜電位はたとえば陽イオンの細胞内への輸送に対し、その輸送を促進する形に働きます。

その受動輸送を担う輸送体の代表例として「チャネル」があります。チャネル、その膜貫通領域中にポア(孔)とよばれる領域を持ち、ポアを介して、基質の透過が行われます。下記の図中にチャネルのマンガ図があります。
http://en.wikipedia.org/wiki/File:Ion_channel.png

チャネルの代表例としては、活動電位の発生に重要な役割を果たす電位依存性ナトリウムチャネルや 興奮性シナプス後電位を引き起こすイオンチャネル型グルタミン酸受容体などがあげられます。細胞膜上における活動電位の測定からイオンチャネルの存在は、概念的には古くからその存在が前提とされていましたが(活動電位における有名なホジキン-ハクスレー方程式は1952年に発表されています)、その存在が直接的に検証されたのは1970年代後半以降の単一チャネル計測を可能とするパッチクランプ法によります。

また、歴史的な経緯、生物学的重要性から上記で言及したような神経細胞上に発現するチャネルは、チャネル研究の中で大きな比重を占めていますが、チャネルの生体内での役割は脳神経系に限ったものではなく、非常に多様です。たとえば、原核生物においては、外界の環境の変化に応じてた浸透圧の変化(に応じた細胞膜による張力の変化)に応答して、イオン透過を制御する機械刺激受容チャネル(mechanosensitive channel)を持つものがあり、これは急激な浸透圧の変化により細胞が破裂を防ぐ役割を果たしていると考えられています。

さて、これらチャネルのメカニズムを考える上で重要な特性としては1. 輸送基質に対する選択性 2. ポアの開閉制御の二つがあります。

3.1.1 「基質選択性(selectivity)」

「1.輸送基質に対する選択性」とは、あるチャネルが特定の基質のみを透過させる性質のことをさします。ごく一部の輸送基質のみを選択的に輸送させるチャネルもありますが(たとえばカリウムチャネル)、それとは逆に非常にゆるい選択性を持っているものもあります(たとえば広い範囲の陽イオンを通すアセチルコリン受容体)。

この選択性(selectivity)という性質は、輸送体による輸送メカニズムを考える上で非常に重要な課題です。たとえば、カリウムチャネルと例にとって考えます。もし、チャネルの「ポア」が輸送のための「穴」であるならば、カリウムイオンより小さいナトリウムイオンがなぜカリウムチャネルを透過できないか、という疑問がうかんでくると思います。http://en.wikipedia.org/wiki/File:Action_potential_ion_sizes.svg

つまり、カリウムチャネルは、カリウムを特異的に認識する仕組みを持っているはずであり、それはどのようなものか、ということです。本稿の主題である膜輸送体の構造解析は、特にチャネルとその輸送基質との複合体の構造解析は、そのような課題の解明に対して大きな力を発揮するため、「輸送基質に対する選択性」は膜輸送体の構造生物学における中心テーマの一つとなっています。

3.1.2 「ポアの開閉制御機構 (gating)」

チャネルのもう一つの重要な特性である、「2. ポアの開閉制御」についてですが、多くのチャネルにおいて、ポアは常に輸送可能な状態(開状態)になっているわけではありません。ポアが開いた状態と閉じた状態の状態の遷移を通して、輸送が制御されています。 https://wiki.brown.edu/confluence/download/attachments/38993941/gating.jpg?version=1&modificationDate=1265131717000

たとえば、イオンチャネル型のグルタミン酸受容体は、グルタミン酸の結合に応じて、イオンを透過させます。このような仕組み、現象のことを通常「gating」といいますが、このgatingもさきほど「選択性」同様に膜輸送体の構造生物学における中心テーマの一つとなっています。立体構造解析、特にチャネルの開状態、閉状態の立体構造解析は、「チャネルの開閉がどのように制御されているか」という課題の解明に大きく貢献することができます。

以上で述べた、selectivity, gating、この2つはチャネルの構造生物学の2大テーマであり、今後の具体的な構造解析例の話でも繰り返し出てきます。
 

3.2 「能動輸送」

さて、話がすいずんさかのぼりますが、次は、受動輸送とならぶもう一つの輸送様式である能動輸送についてです。

能動輸送とは、受動輸送とは逆に「濃度勾配に逆らった物質の輸送」であり、それを担う輸送体は主にトランスポーターやポンプと呼ばれています。また、能動輸送は、primary active transport (一次能動輸送)とsecondary active transport(二次能動輸送)にさらに分類されます。

Primary active transportとは、主にATPなどのエネルギー源を直接利用して行う輸送のことです。これを利用する膜輸送体の例としては、ATP加水分解と共役して、細胞内からNaイオンを排出し、同時に細胞外からKイオンを取り込む ナトリウム-カリウムポンプがあります。これは、前述の細胞内外におけるNa, Kイオンの濃度勾配維持に重要な役割を果たしています。

Secondary active transportとは、他のイオンの電気化学勾配を利用して、行う輸送のことです。たとえば、Naイオンは細胞内よりも細胞外の豊富に分布するため、このような濃度勾配に基づく電気化学的ポテンシャルを利用して、別の分子の濃度勾配に逆らった輸送を実現します。たとえば、シナプス伝達の終息に関わる神経伝達トランスポーターは、細胞内外のNaやClの濃度勾配を利用することで、ドーパミン、セロトニン、GABAなどの神経伝達物質を細胞内へと取り込ませています。

どちらのタイプの能動輸送体に共通していえるのは、チャネルによる受動輸送と比べて、その輸送速度が非常に遅いということです。ややうろ覚えの記憶になりますが、カリウムチャネルが最大で1秒あたり1億程度のイオンを輸送できるのに対し、ATPaseであるナトリウム・カリウムポンプは一秒あたり数百程度のイオンを輸送というレベルだったと思います。これは、チャネルとトランスポーター/ ポンプの輸送機構が非常に異なっていること意味します。

3.2.1 「Alternating-access mechanism」

それではどのように輸送機構が異なっているのでしょうか。さきほどチャネルはポアを持ち、そのポアの開閉を通して基質透過を行うと言いました。開状態においては、 ポアは多数のイオンを連続的に透過可能となっています。

それに対して、能動輸送のサイクルでは、さきほどのナトリウム・カリウムポンプを例にとると、下記図の左から順に、細胞内からのNaイオンに結合→ATP加水分解→細胞外へのNaイオン放出&Kイオン結合→細胞外へのKイオン放出 となっています。http://highered.mcgraw-hill.com/sites/0072495855/student_view0/chapter2/animation__how_the_sodium_potassium_pump_works.html

ここで重要なのは、ATP加水分解を利用して細胞内を向いた状態(inward-facing)、細胞外を向いた状態(outward-facing)へと構造変化をさせているということです。このinward-facing、outward-facingといった状態は、Primary active transport, secondary active transportを問わず、能動輸送体において普遍的なメカニズムであると考えられています。そのため、能動輸送のサイクル中において、チャネルにおける孔のような「輸送基質が透過可能な穴」形成されず、1つの輸送サイクルにおいて輸送される基質はごく少数に限られます。このような輸送メカニズムの根本的な違いが、先述のチャネルと能動輸送体との輸送速度へと結びついているわけです。このメカニズムの基本的な概念が提唱されたのは、いまから50年以上昔のことになります。 http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/13451664

能動輸送体の構造生物学研究では、この「輸送サイクルにおけるoutward-facing, inward-facingといった各状態」の立体構造の解明は、能動輸送機構の理解にとって非常に重要な手がかりであり、中心的なテーマの一つとなっています。また、同時にチャネル研究同様に、能動輸送体がどのようにしてごく少数もしくは多数の輸送基質を認識するのか、という基質選択性の問題は、能動輸送体においても重要なテーマとなっており、これについても立体構造解析、特に輸送基質との複合体の構造解析は非常に大きな力を発揮します。

4.「1998年における膜輸送体の構造解析分野の状況」  

さて、次回から、チャネル、トランスポーターの立体構造解析についてお話をしていくわけですが、その開始点である1998年はどんな時代だったのでしょうか。ここに生体高分子、主にタンパク質の立体構造データベースであるProtein Data Bank (PDB)における毎年の登録数の増加チャートを示します。http://www.pdb.org/pdb/statistics/contentGrowthChart.do?content=total&seqid=100

明らかに1990年代、特にその後半から爆発的に構造数が増えているのがわかると思います。これはなぜでしょうか。(2000年代後半から年ごとの増加数が横ばいである、というのもこれとは別に興味深い傾向ではありますが。)

これには数々の技術進歩が互いに関係しあっていますが、一例としては、組み換えタンパク質の発現技術、SeMet MAD法の実用化、シンクロトロン放射光の利用、解析のためのソフトウエア、ハードウェアの急速な進歩などが大きな要因としてあげられるのではないでしょうか。

当時の状況としては「構造解析に適した安定なタンパク質試料を大量調製し、 (X線結晶構造解析の場合)結晶化することができれば、それ以前の時代と比べて比較的短期間で構造解析が可能な時代が到来しつつあった」ということです。(90年代後半当時は今ほど楽な時代じゃなかったぞ!とおっしゃる方もいらっしゃるかもしれませんが、70年代、80年代と比べて、ということでどうでしょうか。。。)

その一方で、今現在メジャーな教科書にのっている チャネル、トランスポーターその多くは、1980年代、1990年代、クローニングおよびDNA配列解読されており、1998年までに現在知られている役者の多くが揃った状態となっています。

当時の状況としては「構造解析に適した安定なタンパク質試料を大量調製し、 (X線結晶構造解析の場合)結晶化することができれば、それ以前の時代と比べて比較的短期間で構造解析が可能な時代が到来しつつあった」ということです。(90年代後半当時は今ほど楽な時代じゃなかったぞ!と言われる方もいらっしゃるかもしれませんが、70年代、80年代と比べて、ということでどうでしょうか。。。)

その一方で、今現在メジャーな教科書にのっている チャネル、トランスポーターその多くは、1980年代、1990年代、クローニングおよびDNA配列解読されており、1998年までに現在知られている役者の多くが揃った状態となっています。
 たとえば、古くからその存在が知られており、活動電位の発生に重要な役割を果たす「電位依存性ナトリウムチャネル」、そのcDNAクローニングが初めてなされたのは1984年のことです。これは日本のグループによります。http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/6209577

また、@emeKatoさんがブログ(http://emejournal.blog.fc2.com/ )で取り上げられていた、Lacオペロンに含まれるラクトース輸送体LacYのクローニングおよびDNA配列解読がされたのは1979、1980年にかけてのことだそうです。

これら、主に1970年代から1980年代にかけての遺伝子組み換え技術、またそれを利用した組み換えタンパク質発現系、DNA sequencing, PCRなどの技術進歩によるものであり、当時は膜輸送体に限らず多くの遺伝子が次々とクローニングされていた時代でした。  さて、数多くの輸送体遺伝子がすでにクローニングされ、その一方でタンパク質の立体構造解析数が爆発的な上昇をみせている時代に、本稿の主題である、「膜タンパク質、特に輸送体の構造解析」はその頃どうなっていたのでしょうか。

タンパク質の立体構造解析数が爆発的な上昇をみせている中、膜タンパク質の構造解析例は、1998年当時非常に限られた状況にありました。当時の膜タンパク質の構造解析の成功例というと、光合成中心、呼吸鎖複合体、バクテリオロドプシン、もしくは外膜由来のporinなどごく一部の例に限られており、それら成功例も、かなり長期間を以て成し遂げられたものが少なくないようです。

以前、某先生から某先生の退官記念誌をいただいたことがあるのですが、それによると、シトクロムcオキシダーゼの最初の「結晶」が得られたのが1980年とありました(構造論文の第1報は1995年、全体構造の報告は1996年)。また、当時、シトクロムcオキシダーゼにおいてcompetitorであったドイツの某グループも、構造解析まで20年近い期間が必要であったと以前どこかで話を聞いた覚えがあります。

そんな中、本稿の主題であるいわゆるチャネル、トランスポーターの構造解析成功例は数少ないどころかまったくゼロという状況でした (厳密に言えば、上記の成功例のうち前者3つはprimary active transporterに入りますが。。。)。

それでは、なぜ、当時タンパク質の立体構造解析数が指数関数的な上昇を見せつつある中、膜タンパク質の構造解析例は限られた状況にあったのでしょうか。たとえば 輸送体がどのように特定の輸送基質のみを選択的に認識、輸送しているのかという基質選択性(selectivity)の問題や、チャネルの開閉制御機構(gating)、トランスポーターによる輸送サイクルの詳細といったよう膜輸送体研究における重要課題は多くの謎に包まれた状態にありました。

これには大まかに分けて3つの理由があり、理由1. 可溶化後の安定性の低さ 理由2. 構造解析に耐えうる結晶作成が困難 理由3 組み換えタンパク質としての試料調製が困難である、というものです。

「理由1. 可溶化後の安定性の低さ」についてですが、膜タンパク質を構造解析するためには、膜に埋まった膜タンパク質を界面活性剤を用いた可溶化、精製を行う必要があります。しかし、脂質中と比べ、界面活性剤中の膜タンパク質は低い安定性を示し、凝集、沈殿を起こしやすい傾向にあり、そのような試料は構造解析に不適です。この問題に対しては、経験則およびトライ&エラーを通して、安定性を確保できるような界面活性剤を多数の候補の中から探索する、といったようなことが解決策の一つです。

「理由2. 構造解析に耐えうる結晶作成が困難」についてですが、これについては結晶構造解析に限った話です(とはいえ、膜タンパク質の構造解析の多数はX線結晶構造解析によるものであるので、重要な理由です)。疎水性領域に富んだ膜タンパク質の膜貫通ドメインは結晶成長に寄与しない傾向にあるということです。そのため、たとえ、安定な精製試料の調製が出来たとしても、結晶構造解析に十分な質の結晶作成へとつながらないことが多いということです。だから、結晶が出来たからといて素直に喜んではいけないわけです(実体験です)。~この問題に対する方法としてはたとえば、対象とする膜タンパク質に対する抗体と一緒に結晶化することで、結晶化に寄与する可溶性の領域を増やすというものがあります。膜タンパク質の構造解析へ抗体を利用した最初の例は1995年にすでに報告されています。 http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/7651515 http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/7552705

「理由3 組み換えタンパク質としての試料調製が困難である」についてですが、チャネル、トランスポーターのほとんどは、生体内に豊富に発現していないため、構造解析のために十分な量(手法によりますがミリグラム量)の試料を調製するためには、組み換えタンパク質として発現、精製させる必要があります。

実際、前述のようにその当時すでに多くの膜輸送体遺伝子はクローニングされていたため、組み換えタンパク質として「発現トライアル」を行うこと自体は可能でした。が、膜タンパク質は可溶性タンパク質と比べ、組み換えタンパク質として発現させた場合でもその発現量が非常に低い傾向があります。可溶性タンパク質よりも桁が1つか2つオーダーの発現量というところです。じゃあ100倍培養したらいいじゃないか、という声もあるかもしれませんが、また、その発現したタンパク質についてもその安定性が低いことが大半です。

そのため、さきほど「当時比較的短期間で構造解析が可能な時代が到来しつつ」といいましたが、その前提条件である「構造解析に適した安定なタンパク質試料の大量調製」が、膜輸送体の構造解析においては達成できていなかったのです。 膜タンパク質、とくにアルファへリックス型複数回膜貫通タンパク質の構造解析における当時の成功例はすべてnon-recombinant proteinによるものでした。

さて、以上のことから、チャネル、トランスポーター輸送体の構造解析におけるキーポイントの当時の(今も?)キーポイントは「安定な試料を構造解析に十分な量調製することが難しい」ということでまとめられます。

1998年は、そのような問題に対し、様々なグループが取り組んでいた/取り組みはじめていた時代です。次回(第二回)は、その1998年に発表された初のイオンチャネルの立体構造であるカリウムチャネルKcsAについてです。

カリウムチャネルは、その名の通りカリウムを 輸送しますが、上述(3.1.1)のように、カリウムイオンより小さなイオン半径を持ったナトリウムイオンはカリウムチャネルのポアをほとんど透過できません。1998年から始まるマッキノンのグループによる一連のKcsAの構造解析の仕事は、この「イオン選択性」の問題に対して、かなりクリアな解答を与えています。次回は、KcsAを中心とした以下の論文に基づいてお話をします。2003年のノーベル賞につながった有名な仕事なので、ご存知の方も多いと思いますので、単に構造の内容の説明だけではなく、当時の背景をある程度踏まえた話が出来れば、と考えています。

http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/9525859
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/9360597
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/9525854
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/11689936
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/9856938


ちなみに3回目以降の予定ですが、第三回 2000年 水チャネルアクアポリン、第四回 2001年(多剤排出輸送体などに代表される)ABCトランスポーター、の順です。月1程度ののんびりペースで、1998年から現在(2011年)までの膜輸送体の構造解析の進展を書いていければと考えています。

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